自動化こぼれ話(168)A0図板への郷愁

山梨大学名誉教授 牧野 洋

昭和30年台までに大学や高校を卒業した機械設計者はA0大の図板に向って図面を描いたものである。その頃、ドラフタ―という製図器が開発された。これを図板に取り付け、鉛筆でケント紙やトレーシング・ペーパに製図がなされたものである。 その頃の製図に関する格言が幾つかあるが、その中に、「図面は原寸で描け」というのがある。これを今回は採り上げてみよう。

組立機械や小物の加工機、とくにその冶具などを設計する場合には、ワーク(対象物)との兼ね合いが多く、どこを抑え、どこから工具を入れるかなどを検討しなければならない。これは5分の1で描かれたワーク図面を見ても分るものではない。机の上に現物を置き、ためつすがめつ眺めてやっと分るものだ。たとえば、貴方がパソコンのマウスの組立機械の設計を依頼されたとして、どうするだろうか? ブツ(現物)をばらして、ああやって、こうやって、と考えることだろう。

机の上に置けないような大きなものでは、そうはいかないかもしれないけれど、それでも、三井造船の玉野造船所には百メートルを超えるような長い小屋の設計室があって、その廊下の壁には、原寸で描かれた船の部品の図面が張り巡らされていたものである。CADが開発されて、こうした製図作業は駆逐されてしまった。図面はたかだか20インチのコンピュータ・ディスプレイに閉じ込められてしまった。A0サイズの、感覚的な、人間サイズの図面がなくなってしまった。このことが設計技術の低下を招いた。

もちろん、CADには良い点が沢山ある。しかし、上に述べたような欠点があることを忘れてはならない。 現在、テレビの画面は大きくなりつつある。液晶のおかげで画面サイズは40〜45インチになってきた。これは、図板で言えば、A2サイズということになるであろう。A0まであと一息というところである。A0サイズのディスプレイに図面を描くことができそうになってきた。

この続きはそのときに書くことにしよう。