自動化こぼれ話(162)ダ・ヴィンチと3DCAD

山梨大学名誉教授 牧野 洋

 精密工学会北陸信越支部が企画した設計コンテスト「レオナルド・ダ・ヴィンチの機械」の最終審査に審査員として招かれたので行ってきた。

 これはダ・ヴィンチが描いた手稿のスケッチをもとにメカニズムを設計し、それを3次元CADによって表現して、その動作を説明するという課題である。北陸信越地区の大学・高専・短大等の学生を対象とし、優勝チーム(2名)にはイタリアのヴィンチ村およびミラノで開催されるEMOショー見学のための往復航空券が支給されるというものである。CADメーカやパソコンメーカの協賛を得ており、応募学生にはSolidWorks学生版が支給される。

 始めにこの話を聞いた時、この「設計コンテスト」は、ダヴィンチの考案したメカニズムを設計・製図して装置を製作するものだと思った。しかし、よく説明を聞いてみると、そうではなくて、3DCAD図を「作る」というのが課題であるらしいことが分かった。

 これは私の考えでは「中抜き」である。装置の考案・設計・製図という過程から言えば、設計という過程が抜けている。さらにこの装置を製作して検証するという後過程もない。 これらは応募学生のプレゼンテーションに任されているのである。設計=3DCADで良いものかどうか? しかし、現在の学生に対する設計・製図教育を見ていると、まさにこの方向であって、大学の授業から機械設計はなくなり、製図はCAD教育に置き換わっている。今回の場合はダヴィンチから始まっているからまだましだと言える。

 いま、IT化の弊害を説く人は「ダヴィンチに帰れ!」と言っている。ダヴィンチがフリーハンドでデッサンを描き、そのことによって自分の考えを具現化し、そのことによって湧き溢れるアイデアの泉を得たように、もっと「考案」の過程を大事にしなければならないということであろう。設計が作図のテクニックだけに終わってはならない。CADはテクニックだけに終わってはいないか? 3DCADの組み込まれたコンピュータの前に座った学生が、ダヴィンチのように自分のアイデアをすらすらと図示できるようになるのはいつの日のことであろうか?


ダヴィンチのスケッチ(課題の一例)