自動化と技能伝承について最近思うこと

名古屋工業大学大学院教授・ものづくりテクノセンター長 藤本 英雄

技の伝承と人材育成を考える.
今,日本のものづくりにおいて必要なことは,“何をつくるか”と“どうやって作るか”において,日本の優位性を確立するための,伝統の技の伝承と基盤技術であり,そのような技と基盤技術を習得した人材育成のための具体的な教育プログラムである.また,日本の誇るべきものづくり技術文化である技術者の使命感を回復し,かつての日本企業のほとんどすべてが持っていた品質や安全に対する高い評価を取り戻すことである.そのための一貫戦略と体系的取り組みが期待される.

以下では,筆者の最近の社会連携活動のうち,特に技能伝承・人材育成活動関連に限って,かつ,近々の分を紹介したい.研究活動全体の紹介は,ラボのホームページhttp://drei.mech.nitech.ac.jp/~fujimoto/>を参照いただきたい.そこでは,ロボティックスの研究に加えて,筆者が世話教授となり,世界で唯一設置されている世界企業トヨタの寄附講座や工作機械メーカー大手のオークマの寄附講座,筆者が所長として併任している省令施設のものづくりテクノセンター,及び学内設置の医学工学研究所の活動を紹介している.

さて,まず,愛知県では,大学や経済団体,ポリテクノセンター中部など各種職業訓練機関などで構成する「モノづくり人材育成協議会」(座長 筆者)により製造業を支える技術力の継承を目指し,人材育成のあり方を検討してきた.2006年2月には以上の施策を産学官が連携して技能者育成を目指す「愛知モデル」として提案している.具体的には,小学生から社会人までがライフスタイルに応じた教育プログラムを仕組みとして提唱している.また,高度熟練技術者らを「マイスター」に設定し企業などで講演,技術指導をしてもらう「愛知版マイスター制度」を創設するなどものづくりを尊重する機運を醸成する.愛知のモノづくりDNAを受け継ぎ,さらに進化させる「愛知モデル」にもとづき,愛知県に産業人材育成室を新設し,「産業人材育成推進協議会」(座長 筆者)により,各種事業の具体的実践を計画している.

経済産業省では中小企業の中核人材育成事業として,「気づく力」と「行動する力」を養う,「工場長養成塾」と称して,どこの現場にも共通する問題に気づき,学び得た体験を自社の工場に当てはめ,問題の発見能力を高める「気づきのHow to」を学ぶ実践講座の取り組みが筆者ら名古屋工業大学の教員をプロジェクトマネージャとして,名古屋地区の自動車部品企業の全面協力のもと産学連携により始まっている.

鉄鋼協会により2003年より4年間の期限で設置された「鉄工業における業務革新・創世のためのナレッジマネジメント」研究会(主査 筆者)では,鉄工業の材料設計・製造仕様付与業務,生産計画業務,設備診断・保全業務など多岐にわたる業務における<技能伝承と人材育成>に焦点を当て,<技術伝承と人材育成>のための教育に必要な共通の基盤技術(システム技術)を調査・整理し,今後の日本鉄工業の人材造りにおける革新的なシステム分野からの提言を行うことを目的として研究活動を推進している.各業務段階において活用される知識を抽出する方法の研究,抽出された知識を総合的・体系的に情報として蓄積する方法の研究,蓄積された情報を活用して効果的に意志決定を支援する方法の研究,技術共有化の組織形態と仕組みづくりの研究について研究活動を推進している.

歴史的に価値のある絵画や彫刻,工芸品などの保存や活用,伝統技術の継承に,科学技術の役割が増している.古く,破損のおそれがある有形の“もの”を守るだけでなく,人から人へ伝わる“技”を,最新のセンサーや画像技術を駆使して記録し,伝承する.国の総合科学技術会議は「心の豊かさにつながる」と,文化財の保存活用に結びつく技術開発にさらに力を入れる方針である.文部科学省科学技術・学術審議会資源調査分科会において,日本の科学技術の方向性に指針を与える方向を議論した報告書が上記の提言の基礎となっている.筆者もその一員として,無形の文化財の保存・伝承を支援する科学技術の調査研究を担当した.陶芸における技の伝承(愛知県プロジェクト),伊勢神宮の遷宮における宮大工の技と伝承(NEDOプロジェクト)を報告している.

筆者が代表幹事として,横幹連合の下に,「開発・設計プロセス工学技術」調査研究委員会を設置し,大学教育プログラムへの普及,定着活動を開始している.「開発設計プロセス工学」技術は開発・設計のための分野を問わない.横幹技術(横断型基幹科学技術の略称,いわゆる縦割りに細分化された工学技術を結びつける横型の工学技術)である.開発・設計のための横断型技術の1例として分野対象問題を問わず必要な汎用的な技術,共通基礎工学技術として教育していくことの必要性を認識している.筆者らは,’05年1月21日,’06年4月17日にそれぞれ多くの企業の技術者を集めてフォーラムを開催,また,’06年11月17日機械学会D&S講演会では特別企画を実施している.研究会活動やフォーラムではこの技術を開発現場の最前線にいる開発・設計者に定着することと,工科系の大学におけるものづくり実践教育の新しい基礎教育科目として提示することを目的としている.

以上のような筆者の周りだけでも多くの技の伝承と基盤技術の教育に関する活動が盛んに行われている.このもとでの自動化の果たすべき役割について考えてみたい.生産現場の人的環境は自動化を今まで積極的に導入してきた大企業において,激変している.年長熟練技術者の大量退職以外にも問題が多い.たとえば,作業員を必要とする自動車部品や組み立ての自動化ラインでは,期間限定雇用の新人投入即戦力か,短期間で退任というサイクルが常在化している.生産現場の技術の伝承と,人材育成システムについての体系的方策が急務である.このような時代環境の下,大企業,中小企業の区別なく,ものづくりの現場においては,今も自動化されていない,多くの重要な技術が存在する.一時代前,世界を席巻した夢のある自動化の時代は終わった今,メカトロニクス技術認定の様な基盤技術の標準認定の重要性とともに,今後の自動化の位置づけと人から人への伝承との関わり合いに関する基本方策指針を提案することが,今後のものづくりの発展,展開においていっそう重要になると思われる.