自動化こぼれ話(124)図面レス生産は可能か?

山梨大学名誉教授 牧野 洋

 21世紀の生産方式は何か、と問われれば、それは図面レスの生産であるだろう。図面レス生産による金型加工・モデル加工はすでに始まっており、これがやがて組立工程にも波及していくことは間違いない。

 そもそも図面がなぜ必要かというと、それは図面が設計者から製作者への唯一の意思伝達の手段だったからである。それが、今日ではコンピュータおよびその周辺のメディアの発達によって、必ずしも紙の上に図形を記録しておかなくても良くなった。いわば、ソフト的に形状を記録し、表現することが可能になったのである。

 図形が表現手段として完璧なものかというと、そうではないと思われる。それは図面が2次元の表現媒体だからである。図面・写真・絵画・マンガ・・・・、これらは皆XYの2次元平面の上に描かれている。それに対して機械は3次元の立体である。しかもそれが動けば、時間軸を入れて4次元の立体である。本来4次元のものを2次元で表現するのはもともと無理なのではないか。

 いろいろな会社で機械の図面を見せてもらうと、わかりにくい図面がたくさんあり、図面を目前にしながら、「ここはどうなっているの?」と訊かなければならないことがある。これはその設計者の図面の描き方が下手だからと従来私は思ってい たのだが、そうではなくて、本来4次元のものを2次元で表現しようとすることの不十分さの現れだったのである(安心しましたか?)。

 彫刻などの美術品の場合には、製作図面が描かれることはほとんどない。それは3次元の立体を2次元の図面で表すことが難しいからであると思われる。

 貴社の応接セットの机の上にカットグラスで作ったガラスの灰皿があるかもしれない。機械科出身の社員を掴まえて「この図面を描け」と指示してみるといい。その社員は多分勘弁してくれと言うだろう。それとも「やります」と言うだろうか? この辺が美術品と工芸品との境目で、美術品と工芸品とは図面が描けるかどうかによって分かれているのである。

 ガウディがサグラダ・ファミリアの教会を設計したとき、彼は図面を残さなかった。ガウディの設計した数々の変てこな建物は図面を残すにしては立体的に奇妙すぎたのだ。

 ガウディも初めはスケッチ図を描いたらしい。しかし、ある時からそれをしなくなった。それではどうしたのか? 彼は模型を作り始めたのである。木や石で模型を作り、それを積み木細工のように組み合わせることによって建物を表現したのである。第2次世界大戦の時にその模型の多くが破壊され、それを再現することから教会の建築が始まったと言われている。