「知恵を使った最適生産システム」への総力結集

株式会社 新興技術研究所 技術士
自動化推進協会 理事
熊谷 卓

 昔、生産技術の情報源の大きな部分を、技術視察団が占めていた。筆者も、よく当協会の主催する技術視察団のコーディネータを仰せつかって、自動化技術の視察に米国やヨーロッパに行ったものである。

 視察団のメンバーの方々は大変まじめで、一日の工場見学の後、夕食時に手帳を持って筆者の部屋へ集まってくる。ある人は見学した工場の設備機械の銘板を全てメモしてあり、ある人はワークの流通経路と搬送経路を、またある人は人員配置と管理システムを・・というように、まるで産業スパイ集団のディスカッションであった。そして、その晩のうちに「紙の上で」今日見た工場が再現されるのである。

 それだけではない。しばらくするとメンバーの一人から連絡があり、訪問してみるとまさに見学したとおりの生産工程が出来上がっているのである。「見学させてもらったおかげで、良いラインが出来ました。今、輸出がどんどん伸びています。何しろ当工場では、アメリカの3分の1のコストで出荷できるんです!」と、工場長は大喜びしている。

 当時の日本では、今では想像もつかないほどの低賃金国であった。海外の工場と同じ生産機械設備を導入して、同じ製品を作るのであるから、機械と機械の間に働く人件費だけで考えても「Made in Japan」の方が安いのは当然であった。一時、世界中のマスコミが、「日本はロボットを沢山使ったので「Made in Japanが世界中に広がった」と言っていたが、実は最初の原因は「低賃金」だったのである。

 その後、日本でも賃金を含めて次第に物価が高騰してきた。そうなると、市販の設備機械だけには頼っていられなくなってくる。そこからが、生産技術のエンジニアの知恵の絞りどころであった。

 「どうすれば自社の製品に対する最適生産システムが出来るか」それは多くの場合、現場において実際に流れるワークのわずかなバラツキにどう対処するか、変形しやすいワークをベテラン作業員はどう取り扱っているか、などの現場的ノウハウを十分に検討して、初めて出来るものである。一流の生産技術のエンジニアが「手を油だらけにして」現場に密着した工程の工夫をしたものであり、その成果が 「生産技術で世界を制覇した」と言われるようになったのである。

 その世界の評価が、わが国の生産技術者の慢心を招いたのかも知れない。筆者は、最近そのような「一流の技師」にめったにめったにお目にかからないような気がしている。

 今は多くの企業の生産技術のエンジニアが「知恵」を使わず、「カタログと電話」を使っている。工程毎に異なるワークの挙動を見ては、メカニズムやセンサの工夫に自分で知恵を絞る「技術」から、単に機械の購入を手配する「手配師」に成り下がってしまっている。

 そして今日、情報源は「視察団」から「IT」に移った。

 わが国で単純に市販の機械だけを購入して並べてそれで良いつもりでいると、情報はたちまち流れ、開発途上国の競合先の工場でも、あっという間に同じ機械を買って並べるに相違ない。当然、人件費の安い開発途上国の方がコストは断然有利である。

 今や世界最高の高賃金国といってもよいわが国で、コスト競争に勝てる筈がない。やむを得ず日本の工場も、低賃金を求めて海外に設立することになる。こうしてわが国の産業は「空洞化」の一途をたどっている。

 ではどうすれば良いか? 手段の一つは創造技術への支援である。

 とりあえず筆者も、微力ながらいろいろな企業にコンサルタントとして出向き、創造技術への支援を試みている。どの工場でも、必ずそれぞれの工程ごとのノウハウや特殊事情がある。ワークの特質・必要精度・加工条件その他、それぞれの特殊事情に最も適した生産システムをクライアントと共同で創案するのである。創案した結果は、ある場合は市販の機械の部分改良で済み、ある場合は世界に1台しかない専用システムとなる(専用システムの製造も引き受ける)。こうすれば海外の低賃金にも勝てる、最適生産システムが構築できるのである。

 わが国では、各企業は現在も優秀な技術者を抱えているし、当協会にも微力ながら筆者以外に、多くに優秀な技術コンサルタントが揃っている。ここで、もう一度「知恵を使った最適生産システム」のために、総力を結集することを提案したい。