自動化技術の今とこれからの展望

吉川技術士事務所所長
吉川 博

 生産技術者の立場から内外の経済状況を見渡したとき、この国に充満する停滞感と高度成長を遂げつつある隣の国の疾走感のあまりの落差に圧倒されます。その影響からか一般社会では、ことの本質を見失った議論が一部でなされているように思えてなりません。世界の産業の歴史的な変遷を直視すれば、製造業の適地移転への大きな流れは、社会主義経済の体制でもない限り避けられないのは明らかと思えるのに、それに異を唱える意見です。

 そのなかでも自動化技術の議論では、「技術」と「生産」、「技術」と「技能」、「技術」と「熟練」といった異なった検討対象が、区別されないままに評価されていることが多いように感じます。

 経営的判断においてもエンジニアの判断でも同じと思いますが、有用な技術を効果的に活用できる場があれば、生産地については、できるだけ総合的ゲインの大きいところ、できるだけ消費量の大きいところを選別するのは必然です。また、工業生産品を求められる限り、属人的な要素のある技能や技量に頼るよりは、管理のしやすい技術を主体に生産計画を組むのが成功への道と思えます。

 一部経済評論家やマスコミの主張の中には、技能者の「わざ」が日本の製造業を支え、その継承がうまく行なわれていないことが今の製造業の衰退の原因のひとつというのがあり、世論の一定の支持も得ているようです。しかし、この主張の中では今の日本の技術力の実態の正確な認識と理解が欠けているように思えます。特殊な場合を除いたほとんどの技能は、多くの技術者、研究者たちの努力により、技術的に咀嚼され、自動化、機械化されて生産設備として組み入れられており、多くの分野で成 功していると考えていいと思います。もちろん熟練者の技量や器用さについては、先端の自動化技術をもってしてもどうにもならないと思われるものも多くありますが。

 また、技能の継承についても、大切な問題ではありますが、効果的に進めようとするとドイツのマイスター制度等をベースにしない限り、技術的な普遍性は期待できないものと考えていいと思います。したがって、私たちが特に注力すべき問題は、技能や熟練というものを包括したシステムとしての自動化技術の高度化と再構築にあるというべきでしょう。

 このようにみていくと、自動化推進協会のかかわる自動化技術のこれからの課題は、世界的に見れば、工業製品がどこで生産されようと、その基盤技術、応用技術を自動化技術者、研究者として支援すること。そのための有用な人材の養成と供給。国内的に見れば、充足された人々の生活の質を向上させるための、新たな分野の技術的開発に貢献することにあるのではないかと思います。

 当会会長が30周年特別講演会において、自動化技術の発展のためには、メカトロニクス、ロボット、ITを統合したRT(Robot Technology)という新しい概念の元に、社会に貢献できる新分野の開発とそれを活用できる人材としてのシステムコーディネーターの養成が必要であると述べられ、そのために当会が果たすべき役割について提示されました。まさに当会の果たすべき社会的な役割は、製造業からより広い社会生活全般に向かった歴史的な転換期に入っているとの認識を新たにし、これからの貢献の分野を広い視野で検討すべきと考えています。本会会員の皆様とともに行なう諸活動を通じて、微力ながらお役に立てることができればと考えています。